お侍様 小劇場

   “暑気あたり” (お侍 番外編 106)
 


あまり深さのないところは、
匙というより楊枝の方に近いかも知れぬ。
ムースだのクリームだの、あまりに柔らかな素材も多い洋菓子に比して、
和菓子は割としっかとした出来のものが多いからか、
それとも、箸を操る器用な人々が食すからか。
だとしたら少し大きめの楊枝、
若しくは平たい匙を、すっと静かに差し入れると、
高貴な品を感じさせる、淡い淡い紫色を肌の内へと沈めて、
上手に丁寧に固めた、それは柔らかい生菓子は、
何の抵抗もなく匙の先を吸い込んでゆき。
弾力がありすぎるあまり、ぶざまに割れることもなくの、するりと、
思っただけの一匙分を掬い上げていて。
匙の上に落ち着いた、つるんと濡れてなめらかな有り様へ、
ほうと小さな吐息つき、
視覚でも涼しさを堪能してから、
おもむろに、淡い緋色の口許へと含めば、

 「………うあ、上品な甘さですねぇ。」

柔らかさにこだわると、ついつい粉っぽくなりかねないのに、
それも全くないという自然な口どけで。

 「こんな美味しい水ようかんなら、大歓迎ですよねvv」

いいなぁ、ゴロさんたらこんな絶品和菓子まで作れるなんてと。
やんわり微笑った七郎次であり。
あまりに熱っぽいときは、
甘いものも口にくどいような気がして遠慮したくなるものだが、

 「そんな言って、そうめんやひやむぎばっかり食べてると、
  てきめん、スタミナ切れしちゃうんですよね。」

湯通しした薄切り豚肉の冷製サラダとか、
それこそハモや鯛の湯通しとか、
タンパク質もちゃんととらないといけないって、
シチさんほどの良妻賢母なら尚のこと、
判ってはいるんでしょうけれど、と。
人差し指をピンと立て、
ちょみっとお説教風に言い聞かせるのは、
このところ注文が立て続いておいでだったか、
お顔を余り見ないままでいた、お隣りの住人・平八さんであり。

 「偉そうな言いようですが、
  実はわたしも、ゴロさんから せんど注意をされてましてね。」

ふくふくした恵比寿顔の目許、やんわりと細めて笑いつつ、
まとまりの悪い髪の乗っかった後ろ頭を掻くのは、
何とも判りやすい照れ隠しからだろう。

 「完全空調の工房に籠もっての作業を、
  ついついぶっ通しで続けてしまうもんだから。」

ちゃんとお水はとっておるのかとか、
食事くらいはキッチンで食べなさいとか、
わざわざ連れ出しに来てくれての世話を焼かれまくりましたものと。
頬に含羞みを頬ばってのこと、
たははと微笑う彼なのへ、

 「お惚気にしか聞こえませんが。」
 「え〜〜、そんなことはないですよぉ。///////」

やだなぁと口許をうにうにたわませたエンジニアさんだったものの、

 「そういうシチさんこそ。」

からかわれてばかりじゃいませんよと、上目遣になっての反撃開始。

 「暑さ負けして倒れたそのまま、
  勘兵衛さんから外出禁止令が出てるそうじゃありませんか。」

 「あやや…。//////」

そう、暑気あたりという手合いに憑かれたらしい七郎次。
大事をとってと、
夏用の薄い肌がけを掛けられて寝室で横になっていたところへ、
陣中見舞いだと口当たりのいいデザートを持って来てくれた平八と、
家人への気配りは万全だのに、自分が引っ繰り返ってどうしますかとの、
お定まりなご挨拶にて始まった、
何てことない会話を弾ませていたところ。

 「しかもしかも、お忙しい身のはずな勘兵衛さん、
  デスクワークの範囲なら家にいても出来ようからって、
  昨日の昼ごろにお戻りになってからこっち、
  ずっと在宅のままだそうで。」

特に見張ってるつもりはなくとも、
すぐお隣りの、しかも仲良しなお家の異変、
すぐさま気がついたと言ってのける平八であり。

 「久蔵殿がおいでじゃなかったのは不幸中の幸いでしょうね。」
 「ヘイさん、そんな言い方は…。」
 「あのシチさん大好きっ子が、
  倒れられたところへ居合わせてたらっての、
  想像してごらんなさい。」

実は島田さんチのおっ母様、
何につけ健康丈夫でありながら、唯一 暑さにだけは極力お弱い体質で。
昨日の午前中に、庭先で貧血を起こされたの、
たまさかやはり庭先を通りかかった五郎兵衛殿が目撃し。
あちこちへ連絡しぃの、
実家のお人というのが“偶然”来ていて手を貸してくれのと、
ばたばたばたっとした時を過ごし、
それが何とか落ち着いたのが、昼下がりのこと。
伴侶も同然の勘兵衛は、都心の商社まで常の出社をしていたが、
急ぎの業務があるでなし、
常の仕事もオンラインでこなせるものが大半なのでと、
それでも最低限の手配を済ませてからの大急ぎで帰宅して来て。
やたらと恐縮していた女房殿へ、
何を水臭いと、及び腰なことへこそ優しい叱咤のお声を掛けてた様子。
どうしても外せぬ時でなかったのは幸い、
そうやって気が重いままでは治るものも回復せぬぞと。
シチさんのようなタイプへの、
いたわる要領のようなものも心得ておいでなようで意外だったと、
五郎兵衛なぞは感服しきりだったらしいが、

 『当たり前じゃないですか。』

結構色んなことを知っておいでなようなのに、
実施となると…他へはてんでダメダメな壮年なのも。

 『シチさんからの至れり尽くせりで鈍ったってだけじゃあない、
  シチさん相手って時にだけ こなせりゃあいいかって、
  そうと思っておいでだからって裏返し。』

むしろ何とも合理的なくらいですと、
苦笑した平八だったってのは、こちらの家人へは勿論 内緒の話だが。(苦笑)

 「それでもこうまで…倒れまでするってことはなかったんですがねぇ。」

白い横顔をうつむけて、はぁあと溜息をつく七郎次なのへ、

 「人のお世話を焼いてると、気も誤魔化されるのかもしれませんね。」

体力のないお嬢様だったお人が、
でも子持ちになったら、多少の我慢もどんと構えて堪えられるし、
毎年引いてた風邪も拾わなくなったほど、
そりゃあ丈夫なお母さんになってたなんてのは、よく聞きますしねと。
くすすと微笑った平八としては、
いい機会だから夏休みを取ったつもりで骨休みすればいいと口にする。
先程もちらりとその平八が喩えに出したように、
本来はもう一人の家人がいるのだが、

 「高校総体向けの合宿ですってね。」
 「ええ。」

今年は岩手や秋田で開催のインターハイ。
剣道の部は来週の頭からだが、
その前にという集中トレーニングを兼ねての合宿を、
学校内の道場などの施設にて構えておいで。

 「今年も猛暑の夏だってのに、
  お若い方々はお元気ですよねぇ。」

  久蔵殿は、暑いの大丈夫なんですか?
  ええ、暑いのも寒いのも何するものぞってお顔でおいでで。

そうと応じてから、でもね…と、
何を思い出したか白皙の美貌をほころばせ、
“くすす”と小さく微笑ったお兄様。

 「夏でも冬でも指先が冷たいお人なんですが、
  夏場は、その手をこっちの頬とかに当ててくれるんですよ。」

おでこへも、今はともかく昔は背伸びまでして触れてくれて、
気持ちいいでしょう?って かっくりこって小首を傾げる様が、
稚い仔猫のようで何ともかあいらしくって…と。
微笑ましいこと思い出してた金髪美貌のお兄様へ、

  そのインターハイの試合も見に行かれるのでしょう?
  だったら早くお元気にならないと、
  さぁさ寝た寝た…と。
  食べ終えられた 水ようかんの器を受け取り、
  お背へ手を入れ、
  横になれなれと促す赤毛のエンジニアさんだったのは、
  何も玄関先が見えたからじゃあないのだけれど。

こちら様には“特別仕様の連絡網”がこれありて。
七郎次様の一大事、
駿河の草の皆様の懸命な阻止行動を掻いくぐり、
木曽の草の皆様が何とか次代様へと伝えた現状へ、
そりゃあ速やかに呼応した誰か様。
一番暑い時間帯は、お昼寝タイムとなるのを利用して、
ちょっぴり遠いガッコから、
あっと言う間の駆け足で帰宅をしおおせていようとは。
しかもしかも、そんな次男坊を玄関先にて待ち受けた、
ちょみっと大人げない家長様と、
軽い牽制込めた睨み合いをこなしておいでであろうとは。
神ならぬ身の方々には、思い及びもしないことだったらしいですが…。



  暑中お見舞い申し上げます




   〜どさくさ・どっとはらい〜  11.08.03.


  *すぐ前のお話が六月末でした。
   他のシリーズがどんだけ楽しいか、ですね。(苦笑)
   にも関わらず、そっちのお話も“暑い”がテーマになってました。
   そうでした。
   まだ六月なのにという早々と、
   うだるような暑さがやって来てたんでしたっけ。

  *ぶっちぎり39.7Cとかの高熱出しといて、
   「すみません、寝坊してしまって」と、
   普段より10分ほど遅れただけ。
   久蔵殿から届いたメールへの返信もこなすという、
   完璧ないつも通りの振る舞いから、
   どうやって体調の悪さを嗅ぎ取れようかと。
   実は実はそんな不甲斐ない自分へ怒りつつ、
   次男坊へ八つ当たりする大人げない勘兵衛様だったりしたら、
   ちょっと萌えるかも…な、変な奴です、すいません。
   久蔵殿なら、触れずとも判るだろうから
   それも癪なんですよ、きっと。
   でもって、

   「でもアタシは、
    そういう、瑣末なことは苦手な勘兵衛様でいてほしいです。」

   でないと、アタシの出る幕がないじゃありませんかと。
   ちょっぴり再発した熱に浮かされて、
   わざわざ言っちゃうシチさんだったりして?
   (…キリがないぞ)

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